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中身が読める唯一の著者公式サイトです―「ヨーギニー寺院 ~インド・シンボリズムへの旅」

 投稿者:近藤 貴夫  投稿日:2017年 5月13日(土)23時26分56秒
  近藤譲著「ヨーギニー寺院 ~インド・シンボリズムへの旅」。
著者公式サイトがオープンして、1ヶ月余りが経ちました。

検索エンジンには、トップページが登録されていますが、
中のページは、なかなか登録されてきません。
ですので、中のページに関連するキーワードで検索しても、
現時点では、対応するページに辿り着けません。

でも、このサイトの骨子は、内容のページなのです。

この本の存在を紹介するサイトや、中古本を販売するサイトは、他に幾つかあります。

でも、著者自らの所有権・監修の上で、本の内容を詳しく公開するサイトは、
インターネット広しといえども、ここが唯一です。

下記に、目次の載っているページのURLを紹介します。
「ヨーギニー寺院」に多少なりとも興味をもつ、本書を未読の人には、
このページは、必ず一見の価値があります。

各章・節の見出しから、リンクで内容を読めます。
一部過激なページには、パスワードが掛かっていて、知らない人には入れないですが。

ちゃんとスマホにも対応しています。

https://kondoes.wixsite.com/yogini/bookcontents

 
 

「ヨーギニー寺院 ~インド・シンボリズムへの旅」

 投稿者:近藤 貴夫  投稿日:2017年 4月29日(土)11時28分21秒
  「ヨーギニー寺院 ~インド・シンボリズムへの旅」は、
年上の友人・近藤譲氏が、2004年に出版した、インドのヨーギニー信仰についての
研究書です。
朝日カルチャーセンターから自費出版したものの、あまりの特殊性から店頭では
十数冊しか売れず、氏の手元にはまだ多くの在庫が残っています。
その後、ヨーギニー進行研究も進展しているようですが、日本語での研究書としては
本書が端緒ともいえる書籍で、図版もかなり豊富に載っていますので、もし良ければ
ご一読いただければと思います。
下記のサイトでは、書籍の内容の大部分を、HTML化して公開しています。
フォームから著者に連絡し、購入もしていただけます。

https://kondoes.wixsite.com/yogini

 

箱根駅伝2017

 投稿者:近藤 貴夫  投稿日:2017年 1月 3日(火)21時08分23秒
  育った地元・駒澤大学が優勝争いに絡めなかったのは残念だが、
何とかシード権は確保できたようなので良かった。

大なり小なり縁や親近感のある大学がいろいろと出ているので、
箱根の時間は毎年、テレビかWebの情報を見ながら過ごしている。
 

紅白歌合戦については

 投稿者:近藤 貴夫  投稿日:2017年 1月 1日(日)17時57分56秒
  昨日はほぼ全部観てみましたが、批判や不満の声に同調します。

和田アキ子氏を呼ばないなど、世間の批判を受けての努力は認められるし、
スタッフや出演者の労力は大変なものだったと分かるのだけれども、
全体的に中途半端で空回り。

司会は、吃りの私がやるよりは何百倍ましだとしても、リズムが悪い。
総合司会と紅組司会が初の人で、白組司会もあまり向かないタイプで
一人では初というのでは、精一杯やってもこうなるのは仕方ないけれど。
演出も、訳のわからないものが多くみられた。
タモリやマツコ・デラックスをあんなことに使うなという声にも賛成。

そもそも男女でチーム分けして得点を競うという枠組みに魅力がないという
意見ももっともだし、出演者の決定基準や演目に疑問でもう権威も薄れている
というのもその通りと思う。
それぞれに名曲とはいえ、20年以上前の曲を、一体何曲やっただろう。

もし2019年(東京オリンピックの前)の70回までは続けるのが既定路線だったと
しても、その辺で打ち切ったらどうかと思います。
来年から別番組に変わったとしても、私は全く惜しいとは思いません。
 

失望の21世紀?

 投稿者:近藤 貴夫  投稿日:2016年12月31日(土)12時11分38秒
編集済
  子供の頃は、冷戦による核戦争の不安もあったし、世紀末の不吉な予言も一部に
出回っていたが、他方で新世紀への期待も大きかった。

21世紀に入って十数年が過ぎ、自分の身辺はとりあえずまだ平和なものの、
世界の趨勢が理想よりもはるかに劣悪で困難な方向に進んでいるという印象を
強めている。

自分を含め、生半可な知識しか持たず自身の状況に縛られやすい大衆は、
先進国にあっても必ずしも賢明な選択をしない。
政治家は、軽薄なアジテーターのようになって、発言への責任も軽くなっている。
マスコミも識見と矜持を書いたようなコンテンツを流し、モラルやコンプライアンスを
欠いた企業のニュースにも事欠かない。
日本で言えば失礼ながら皇室の先行きも不安だ。

経済で言えば、発案・研究・修得・芸術性・技術といったものへの金払いが悪くなり、
技術や芸術文化の維持発展に問題が出ている。
過剰サービスが従業員や会社を苦しくし、かえって一般消費者が困る事態にもなる。
低賃金にあえぎ労働者の生活が成り立たなくなる業界が、むしろ多数派になりそうな趨勢だ。

でも、あとから振り返れば、今はまだ、不安に覆われていても、日本の黄金期の一部
なのだろう。日本は人口減少期に入り、更なる少子高齢化のもと、人口減少は当分の間
加速していく見通しだ。日本中のあちこちで手が回らなくなり、荒廃する。様々な
職業や産物が姿を消す。文化もスポーツも技術も治安も、維持できなくなっていくのだろう。
 

西暦2016年年末を迎えて

 投稿者:近藤 貴夫  投稿日:2016年12月31日(土)11時35分54秒
編集済
  2016年は、下半期より、本業でまた新たな職掌が加わり、関連の学習や試行錯誤に
労力を費やさざるを得なかった。
勤務時間が長くなったわけではないが、自宅での調査・情報収集に努める状況は
ここ数年続いている。

私的なほうでは、2016年はまだ想定よりも楽な状況で済み、これからが本番だ。
インド芸術文化界への関与も、ますます難しくなるだろう。

私の活動全般が数年単位で一層大変になるという見通しは変わらない。
 

音楽談義

 投稿者:近藤 貴夫  投稿日:2016年 5月22日(日)02時08分58秒
  私は奏でたり歌ったりすることが好きだ。誰かと合わせることも。
ただ、誰かが聴いていてもいいけれど、多くの人に聴いてほしいとは思わない。
曲や段取りをすっかり憶え、一度もミスしないように務めて演ずる本番は好きではない。
だから、演奏は好きだったけれど、プロを目指しはしなかった。

私は、音楽を聴くことも好きだ。
ただ、芸術の中で音楽が一番好きなのではないし、音楽のどれでも好きなのでもない。
舞台芸術鑑賞なら、小規模演劇の方がずっと好きだ。
そして、好きな音楽ジャンルは一握りで、大部分は嫌いだったり知らなかったりする。
生活の中で音楽を聴く時間は、ごくわずかだ。本を読んでいる時間の方がずっと長い。

決められた曲を作曲家の意図を正しく汲むことに努め指揮や演出の指示通りに正確に。
そういう「演奏家」としてのありようには、情熱が湧かない。
いかに奥深く、価値のある営為だったとしても、私が関わりたいありようとは違う。
演奏技術を競い合うコンクールに至っては、向かい合う気も起こらない。

音楽で即興することも嫌いじゃない。
かといって、音楽を通じて伝えたい何かが常々あるわけでもない。
特に、人間や社会に向かって音楽で広く伝えたいことは持ち合わせていない。
だから、曲を書くことにも情熱を抱かない。
積極的に好きなプログラムを組んで公演を企画しようとも思わない。

私にとっての音楽は、極めて私秘的なものだ。
個人的な趣味でちょうどいい。
 

2015年年末を迎えて

 投稿者:近藤 貴夫  投稿日:2015年12月31日(木)17時56分39秒
  結局概ね、昨年末の予想通りの一年でした。
そしてまた、2016年もその傾向が強まりそうです。
 

(無題)

 投稿者:近藤 貴夫  投稿日:2015年12月31日(木)17時46分37秒
  子供の頃、宗教人が世界の要人と会談したり、名誉学位をもらったりする
ニュースに、それなりに心を躍らせたものだ。
今、様々な内戦・紛争・国家間の利害対立が続いているが、宗教界の対話が
功を奏して和平が成立した、というような話は寡聞にして聞かない。
あるいは、平和主義を標榜する政党が率先して和平を仲介してまとめると
いう話も聞かない。
対話至上の絶対平和主義は、極めて無力に見える。

議論をしても、建設的な話し合いにならない。
採決に向けて、中身の話し合い以外の戦術が競われる。
政府同士が妥協して協議をまとめても、民間が従わなかったりする。
そういう事態が続くと「結局話し合っても無駄だ」という空気が助長される。

「21世紀は技術の飛躍的進歩の結果として何だかんだ言っても
幸せな未来だろう」という期待が少年期にはあったが、安全保障、
経済、環境問題の解決に至るまで、先行きは先の近代の3つの世紀より
暗くなったのではと思えるほどだ。

Webの発達で、普通の人の情報発信も強化された。
しかし、犯罪者や戦争を煽る方もそれを悪用している。

どうなることか、固唾をのんで見守っている。
 

創価学会が会則の教義条項を改正

 投稿者:近藤 貴夫  投稿日:2015年 1月31日(土)09時20分23秒
  聖教新聞をざっと読んだが、それによれば、三大秘法、特に本門の本尊について
解釈を変更したらしい。
十数年前まで、書籍・新聞及びWebでよく見た、本尊についての教義論争での
創価学会の従来の立場を、修正・変更するものである。
私の感想としては、より合理的な方向への改正だが、創価学会員の子息として
生まれ、哲学科にて学びつつ教義の正当性に頭を悩ませた体験が強く残るので、
「何を今さら」と感じる。
いずれにせよ、教団に属すれば、中央の定める正しい教義を学べ、各構成員が
勝手にいろいろ考えるな、ということを当然言われがちになるので、そういう
教団に属する気はない。
 

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